変形性股関節症による人工股関節全置換術患者に対して
                    フェルデンクライス・メソッドを用いた一症例


【目的】変形性股関節症患者では疼痛とともに筋力低下、股関節の可動域制限をきたし歩行を中心とした動作を阻害する要因となる。人工股関節全置換術により疼痛や可動域の改善を図るものの、術前の習慣化された動作が身についてしまっているため、股関節を分化させた動きを獲得することに難渋する。今回、両変形性股関節症により右人工股関節全置換術を施行した症例に対して、フェルデンクライス・メソッドによるフェルデン・タッチを用いたアプローチを行った。フェルデンクライス・メソッドとは、小さな動きを通して身体感覚を高めるもので、ATM(Awareness through movement:動きを通しての気づき)とFI(Functional integration:機能統合)に大別される。対象者自らが学習プロセスを認識し、自己の身体の変化に気づき、効率の良い身体の使用法を日常化していく体性感覚へのアプローチといえる。一方、従来の徒手的なアプローチでは他動的、一方的なものになりがちで、局所の可動性は改善するものの歩行における機能統合に難渋することが多く見られた。そこで、本症例を通してフェルデンクライス・メソッドによるタッチが、歩行機能の改善に対して有効で、効率的で無駄の無い動きに導く一助となることを臨床で確認することを目的とした。
【方法】対象は、両変形性股関節症の50代女性。変形性股関節症と診断されてから数年経過しており、平成22年1月から歩行困難、同年7月に右股関節の人工関節置換術を施行した。術後の経過は良好で股関節の可動域も改善傾向にあるものの歩行時に協調した動きが行えず、股関節の動きを制動させ骨盤や腰部にも影響を与えていた。リハ開始当初はクリニカルリーズニングを行いながら、従来の他動的、一方的なアプローチを中心に行ったが、長期間に渡り習慣化された動きのパターンからの脱却が困難であった。そこでフェルデンクライス・メソッドによるフェルデン・タッチを中心にしたアプローチを行い、股関節の分化と腰部、骨盤の協調した動きを再学習させながら機能的な歩行を獲得させるよう試みた。フェルデンクライス・メソッドでは、ソフトタッチで他動的に頭部・体幹・四肢を動かしながら動きによる身体感覚の変化を気づかせるよう実施した。これまで行ってきた手法に比べて対象者自らが身体感覚の変化に気づくことが可能であり、どのように動かせばよいかという学び方を学ぶきっかけを得ることができる。
【説明と同意】本研究に対して対象者に十分な説明を行い、その説明内容を納得・同意した上で実施した。また、結果を発表する場合、個人情報が明らかにならないことを対象者に対して十分な説明を行い、以上の同意書に署名していただいた。
【結果】長期間にわたる習慣化された動作パターンにより起居動作や歩行が阻害されていたが、股関節に対して注意が向くようになり、腰部の過緊張も抑制され、歩行時の股関節の動きがみられるようになった。リハ開始当初は股関節、骨盤、腰部が未分化で緊張を伴った動作であったものが、協調的で効率の良い歩行が可能となり、術側のみならず非術側の疼痛軽減と可動性向上も得られた。
【考察】長期間にわたる習慣化された動作パターンにより股関節の認識が低下したうえ、人工関節に置換したことから自己イメージの乖離が起こってしまったと考えられる。従来の手法では身体をどのように動かせばよいかという学びを喚起することが不十分であったが、フェルデンクライス・メソッドによるタッチでは学ぶきっかけを得て、どのように歩行しているのかを考えるようになった。自身の状態に対して、気づきが起こったことが歩行時の過緊張抑制に繋がり、身体変化を対象者自身が認識しやすくなったため、歩行における機能統合がなされたと考えられる。従来のアプローチでは筋力強化や可動域改善、動作が出来るということだけに着目していたため、一過性の効果は得られるものの、対象者自身に気づいてもらうことや、運動の組み立てに対する配慮が欠けていた。そのため、矯正、改善、向上を目的とした他動的誘導、指導に偏ってしまっていたことが考えられる。本症例では、フェルデンクライス・メソッドにより、学習過程を通して機能の統合がなされたことが機能的な歩行の獲得に繋がったものと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】変形性股関節症および人工関節置換術後患者に対してフェルデンクライス・メソッドのタッチを用いることは、歩行機能の改善に対して有効で、習慣的な動きからの脱却に導く一助となる。その結果、日常生活全般の動作の中で効率の良い身体の使用法を日常化する手段となりうる。

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